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西大島校ブログ

25年度「就職に強い大学」ランキング(Best25)の紹介と考察

更新日:2026.6.5

江東区・北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です。(Vol.30)

かつて、「良い学校に入って、良い会社に就職して」みたいなことが、たびたび言われていた時代がありました。今はいかがでしょうか?というよりも、何をもって「良い大学」とするかにもよるのではないでしょうか? 何よりも自分に合っている(自分の学びたいことが学べる)大学が優先であり、将来への希望が持てることがベストでしょう。

東洋経済という雑誌には「就職(転職や起業もあるでしょうが、新卒の場合)に強い大学」というもののデータを提供してくれています。

学部にもよるのかもしれませんが、大企業などの就職試験などに突破する力があるかどうかを総合的に判定しているようです。入社面接においても、全く新しい大学よりは既に採用し、活躍している先輩がいると次に続く後輩たちの道も開けてくるのかも知れませんね。

リクルートする側の会社ごとに、人事を担当する部署にはかなりの情報が集まってくるものです。私自身も東京都の教育委員会人事部において、教員の眼からだけでなく、一流企業の人事部の方々を招いて、一緒になって、採用面接をしたものです。都幹部と学校教育現場の管理職と企業の人事担当者の3名です。

(公務員の場合には、大学名やコネクションなどは一切効きませんが)勤めたい企業に先輩がいる時には訪問してみるのも有効でしょう。

それらを踏まえて、受験先大学を決めていくというのもあるのかと考えます。では、発表します。

25位から紹介します。モットー(建学の精神)とともに。

25位(私)関西学院大学…「奉仕のための練達」

24位(私)法政大学…「自由を生き抜く実践知」「その先の自分を創る」

23位(公)国際教養大学…「ダイバーシティと共に進む」「互いに高めあう」「共に価値を創造する」

21位(私)芝浦工業大学…「社会に学び社会に貢献する技術者の育成」「世界に学び世界に貢献する」

21位(私)同志社大学…「一つの目的、それこそが同志社の名」

20位(私)東京理科大学…「実力主義の理系難関校」「留年必至。しかし就職は強い。」

19位(私)明治大学…「『個』を強くする大学」

18位(国)千葉大学…「つねに、より高きものをめざして」

17位(国)広島大学…「漕ぎ出せ混沌の海に 走れ創造の彼方へ」

16位(私)創価大学…「人間教育の最高学府」「新しき大文化建設の揺籃」「人類の平和を守るフォートレス(要塞)」

14位(私)千葉工業大学…「未来に一番近い大学」「世界文化に技術で貢献する」

14位(国)筑波大学…「開かれた未来へ」「想像しよう、未来を」

13位(私)上智大学…「叡智が世界をつなぐ」「他者のために、他者とともに」「真理の光」

12位(国)一橋大学…「Captains of Industry(実業界のリーダー)」―人類を導く真の勇者

10位(国)神戸大学…「学理と実際の調和」―理論的な研究とそれを社会に役立てる実践を重んじる

10位(国)北海道大学…「Boys,beambitious(青年よ、大志を抱け)」-世界の課題解決に貢献する北海道大学へ

9位(国)九州大学…「総合知で社会変革を牽引する大学」――世界へ飛躍する九大新世紀

8位(国)名古屋大学…「勇気ある知識人」―論理的思考力と想像力に富んだ、真の勇気と知性を持つ人材。

7位(私)豊田工業大学…トヨタが設立。低学費で就職率100%。超少人数精鋭の工科大学。

6位(国)大阪大学…適塾の精神を受け継ぐ、日本最大級の超難関文理総合大学

5位(国)東北大学…「研究第一」「門戸開放」「実学尊重」

4位(国)京都大学…「自由の学風」(ノーベル賞受賞は、京都大学から1番多く輩出している)

3位(私)慶應義塾大学…「独立自尊(他人に頼らず、自分の身は自分で守り、自らの判断で行動・責任をとる)」

2位(私)早稲田大学…「学問の独立」 日本の早稲田から、世界のWASEDAへ

1位(国)東京大学…日本最高峰の環境でリベラルアーツを学び、未来の国際的指導者を育てる『志ある卓越』の府

大学進学を考えているならば、同じ学部があるというならば、ぜひ上記の大学へ挑戦するのも大変意義のあることではないでしょうか? 母校がなくなるのは、悲しいことです。

世界にも、ボローニャ大学(イタリヤ)、オックスフォード大学(イギリス)、パリ大学(フランス)、ケンブリッジ大学(イギリス)などは、数百年も存続している名門があります。

少子化も相まって、良いもの(良い大学)だけが残っていく時代なのでしょうか。

(26位以下も決して悪い大学とは一概に言えないと思いますが、)日本の大学だけに限って選択していかなくても良いのかも知れません。むしろ、日本人の留学生は世界の中では決して多くないのですから、大学や高校から、いえ中学生から留学しようとする生徒を精一杯応援したくなります。

ちなみに、現在日本には813校の大学があります(学生募集は793校)が、2026年現在の政府の動きとして、2040年までに私立大学の約40%(250校)以上を削減・統合する方向性のようです。

個別指導学院TOCOから、日本の上位校や海外の学校をめざしませんか。

 

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日本にもあった数学の知恵――江戸時代から続く我が国の偉大なセンス『和算』

更新日:2026.6.4

江東区・北砂 個別指導学院 TOCO 石戸です。(Vol.29)

いくつか前の号では、インドで「0(ゼロ)」を発見・発明してくれたお陰で数学が発展し、様々な分野に影響を及ぼした、と紹介しました。

今回は、わが日本の誇り『和算』の紹介です。皆さんは、御存知でしょうか?

実は、江戸時代の人々はそろばんや暗算が得意で、そのレベルは現代人さえ及ばないほどだったそうです。当時の言い方では「算法」ですが、西洋の数学に対して呼び方を変えました。日常の計算を超えた数の遊びや形についての論理などが積み上げられて、ユニークな和算の文化が結実しました。

西洋の近代科学をリードしたアイザック・ニュートンニュートンよりも一足早く、微分・積分の考え方に迫っていった関孝和などは、国際的にも高く評価されているのです。

学びとは、本来的には楽しいものです。「和算」を知ると楽しく、長続きしていくでしょう。難しいことを難しく学ぶより、楽しく分かりやすく学習し、どんどん深く、そして難問へも挑戦していくことができると良いですよね。

たとえば、以下のような和算があります。「旅人算」「鶴亀算」「油分け算」「俵杉算」「町見術」「裁ち合わせ」「三方陣」「乗換算」「立木算」「盗人算」「普請算」「拾い物」「奇遇算」「結び目の問題」「算額の問題」などが有名です。

いくつもある和算の中で、今回は「鶴亀算」の問題を出してみますから、ぜひ解いてみてください。

―――あるとき、「ツル」と「カメ」がお楽しみ会にやってきました。会場の受付には、合計数しか記録が残っていませんでした。その数は“32”でした。たったそれだけで、「ツル」と「カメ」がそれぞれ何匹・何羽ずつ来たのかがわかりますか?

時には、机に向かうばかりでなく、親子で、絵をかいたり遊んだりしながら学ぶのも楽しいものですよ。(ツルとカメの足の数に着目してみましょう。わかった人は、TOCOの西大島校まで、解答を教えに来てください。電話でも良いですよ。正解した人には……?)では、また。

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阿部慎之助監督の報道に思うーーAIと人について

更新日:2026.5.29

江東区・北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です (Vol.28)

本来は、数学の話を投稿したいところでした。しかし、現在白熱している読売巨人軍の監督を辞任した阿部慎之助監督のいわゆる体罰の報道について、どうしても触れておきたいと思い、変更させていただきます。

(受験テクニックや定期考査などの対策は、入塾していただいてからたくさんできます。その根底にある教育観・教育理念こそが最重要であるととらえています。細かく丁寧にテクニックを示すことが、必ずしも入塾につながるとは考えていません。むしろ、「あっ、なるほど、そうやっていけばいいんだ」と、そこだけを読んでいただいて満足されてしまわないとも限らないからです。)

さて、私はかつて何回も児童虐待を通報をしてきたことがあります。学校や医師や子供に接する仕事や立場にある者の責務でもあるからです。

何回も通報してきた中で、記憶が鮮明な2つの事件がありました。

1つは、解決できないまま見届けたのが悔しくてなりません。それは、約40年前、デパートで起きたことでした。小学1年生くらいの男の子が母親らしき人に連れられて、様々な陳列商品を見ていました。こちらも同じようにウインドウを覗いていたのですが、その親子はあきらかに、他の大勢のご家族とは違った様子でした。

それは、急に泣き出したことでわかりました。なぜ泣き出したのか、それは、母親らしき人に叱られたのでしょう。ただ、「あれ買って、これ買ってばかり言いやがって」との言葉とともに、仰天したのは、身長もまだ伸びきっていない我が子(?)を容赦なく、何回も足や背中を蹴り飛ばしていたではありませんか。気づいたのは我が家だけではありません。周りの家族連れも気づきながら、何も成すすべがなかったようです。

倒れている小さな子を、まるでプロレスラーが、相手レスラーをジャンプして蹴るような様子でした。泣き方も尋常ではありませんでした。

あまりの光景に、後先のことや周りのことなど整理できませんでした。ただ、大声で「何やってるんだあ!」と。

気づいた時には、フロア全体にまで届くほどでした。私は、走って駆け寄りましたが、「あんたに関係ない!」と答えたではありませんか。私は「関係ないじゃ、ない!  なぜ そこまで叱るんだ。蹴るなんて酷すぎる!!」と。

すると、今まで、知らん顔をしていた多くのお客さんが遅まきながら駆け付けて、取り囲んでくれました。大勢の鋭い視線に気づき、いたたまれなくなった女性(子供は泣き止みましたが、体中をさすっていました)は、その子の手を引っ張って、猛スピードで逃げて行ってしまったのです。このエピソードは、後々のことを考えると、今でもぞっとします。デパートの店員さんにも警備員さんにも一般のお客さんたちにも、まだハラスメントやコンプライアンスなどという概念、虐待と躾との違いなどへの理解が進んでいない時代でした。

もう1つは、明治通りで起きた出来事です。                                  私の娘がまだ3歳だった時であったことをよく覚えています。                          外国にルーツをもつ母親が(後から聞いたところ、祖国の友人に国際電話をしていたのか、それとも来日している友人なのか、に電話するために)寝かしつけた我が子を部屋に一人置いて(スマホもなく、公衆電話という手段しかなかったらしいが)長電話をしていたようです。                                          私が、職場を退勤して帰宅する途中で、娘と同じ3歳くらいの女の子が、亀戸駅付近の明治通りを泣きながら(自動車が行きかう中、横断歩道ではない場所。片側2車線の明治道路の中央まで)渡っていました。

幸いに自動車の量が少なく、赤信号で止まってくれていたので、私が急いで抱き上げて片方の歩道へ連れてくることができました。それでも、どこから来たのか(どこの住所なのか、ママはどうしたのか)言えません。             おむつは取れていましたが、びっしょり濡れていました。夏だったはずですが、おそらく心細くて泣きじゃくり、おしっこをもらしながら、ママを探していたのでしょう。

交番がありましたが、まず、ガラケー(スマホもない時代)で妻に電話をし、「今、〇〇(娘の名前)と同じくらいの女の子が・・・」と事態を端的に話しました。妻はタオルや娘のパンツ、ビニル袋を持ってタクシーで飛んで来てくれました。

夜遅くまでドーナツ屋さんが空いていたので、トイレ内で妻が着替えをさせてくれ、ドーナツ屋さんで温かいものを冷ませて飲ませました。10分間くらいは、なかなか泣き止みませんでしたが、真向かいに交番があったので、連れて行って親を探してもらうことにしました。

妻は、祖父母と留守番をしている息子や娘の待つ自宅へ戻りました。ほどなく、件(くだん)の母親が、その交番にやってきて「どこにいたの?寝てたでしょ?扉開けちゃって、一人出てきちゃダメでしょ!」と片言の日本語で、その子に叱責しました。

私が声を発しようとするや否や警察官が「『どこにいたの?』じゃないよ! まず、こちらの御主人にお礼を言うんだよ!」と逆に親に対して説諭をしてくれました。

母親は、日本ではそういうものなんだな、面白い国なんだな、といった受け止めのようでしたが、自分自身の寂しさのやり場のない気持ちでいっぱいだったみたいです。

「パンツも洗って返す」と言ってお辞儀もしてくれましたが、「この年齢の子を独りにさせない」ということだけを約束して別れました。

さて、野球界に限らずスポーツの世界でも様々な不祥事がありましたが、阿部監督の辞任は、衝撃を与えました。  辞任というよりは実際上の更迭なんでしょうが、世間では賛否が大きく分かれているようです。          家庭内の出来事なのに社会的制圧は度が過ぎているとみる人もいれば、アルコールを飲んでいて胸ぐらをつかんだり押したのは良くないなどの意見も。

また、監督には選手と違う自覚や矜持があってしかるべき、と。あるいは低迷しているチームを途中で投げ出したことは大人げない、などとも。ましてやチームがジャイアンツともなれば伝統や誇りだけでなく、オーナー達の思惑も見え隠れしてきます。

私は、阿部監督の行為に対して決して良いとは思わないまでも、AIに相談したお嬢さんを安易に責めるわけにもいかない、と感じました。

これは、単なる家庭内(きょうだい喧嘩とか親子喧嘩とか)の問題として片付けていられなくなりました。というよりは、もっと社会的に(世界的に)根深いものが潜んでいるような気持ちになってしまったのです。

高邁な理論を述べるつもりはありません。ただ、相談した相手がAIだったことに関しては、私たちはもう一度立ち止まって考えるべきではないのか、ということです。

もちろん、今や どんな領域の仕事や遊びでも活躍の度合いが広くなりはじめたAI(人工知能)ですので、上手に活用していくことは賢明です。

ただし、活用する側の“心根”の問題が残ります。“心(根)”などというと目に見えないのでわかりにくいですが、最終的には「人間らしさ」に行きつくのではないか、と考えているのです。                     人間が、機械に負けてはなりません。逆に活用されてしまったら本末転倒です。                『2001年宇宙の旅』や『モダン・タイムス』という半世紀以上前の映画が一番強調したかったことかも知れません。

 

AIがもっともらしい嘘(事実とは異なる情報)を出力することは、「ハルシネーション」といいますが、精巧なフェイク画像・映像(ディープフェイク)の作成など、さらには戦争にさえ用いられるという脅威も十分にあるのです。生成物の権利侵害やプライバシーに関する懸念(著作権や倫理の問題)もあります、

今回の出来事は、AIも児相も警察も自分自身の役目を淡々とこなしただけで、誰かに問題があったとは決められない部分があります。

しかし、繰り返すようですが、AIは人間を完全に替けるものではなく、「人間の作業を(強力に)サポートする『道具』」として、今後も共存しながら進化させていくものです。                        最終判断は「道徳性」のある人間自身なのだ、と肝に銘じたいと思っています。

 

今回は、身近なニュースから難しい話へと発展させてしまいましたが、もっと単純な表現で結論すると、「親子」「きょうだい」「夫婦」「友人」「地域」の厳しくも温かな結びつきであるとか、絆であるとか、そんなものが機械なんかに邪魔されないようにしたい、のです。効率ばかりに心を奪われずに、もっともっと“泥臭く”、もっともっと“泣いたり笑ったりしながら生き生きと”、もっともっと“血の通った人間らしく”暮らしていきたいと、考えたいのです。

私たちの命と同じように尊い子どもたちを機械なんかに振り回されずに、適時上手に使ってやる聡明さを育んであげたいですね。阿部監督は、自分の力で再起してくれるでしょう。お嬢さんが、必要以上に自己否定しすぎることがないよう、見守ってあげたいです。

 

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不思議な数字の性質

更新日:2026.5.28

江東区・北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です。 (Vol.27)

 

いきなりですが、今回はクイズを解いてもらいましょう。

「142857」

この6桁の数字に1〜6をかけると、数字の順番がぐるぐる入れ替わる(循環する)不思議な現象が起きます。   やってみてください。

さらに7をかけるとどうなるでしょうか?

  • 142857×1 = ?
  • 142857×2 = ?
  • 142857×3 = ?
  • 142857×4 = ?
  • 142857×5 = ?
  • 142857×6 = ?
  • 142857×7 = ?

さて、どんな大きな桁の数字に「0(ゼロ)」をかけた場合には、必ず答えは「0」だということは、皆さんご存知でしょう。

しかし、誰が「0(ゼロ)」を発見したのか、発明したのかは、いかがですか? 私は、人類にとっての大発見であり、大発明であるといえると考えています。                                 「0(ゼロ)」という概念が生まれ、皆に紹介されなかったとしたら、数学や統計学などは、発展しなかったでしょうし、医学や解剖学、薬学、経済学にも限界が起きたことでしょう。まあ、誰が発見・発明したとしても、人類的な貢献であったということだけは間違いありません。

数字の「0(ゼロ)」は、6世紀頃の古代インドで発見・発明されました。それまで「位取り(くらいどり)」の空白として使われていた概念が独立し、計算を可能にする数字として体系化されたのが始まりです。

数字の「0」がたどった歴史と重要なポイントは以下の通りです

  • 古代の空白(紀元前)・・・バビロニアやマヤ文明などでは、数の位(くらい)を表すための「空白(プレースホルダー)」として使われていました。
  • 数字としての誕生(6世紀頃・インド)・・・古代インドの数学者たちが「無」を意味する概念と結びつけ、計算ができる「0」という数字を確立しました。
  • 世界への伝播・・・インドで確立されたこの記数法はイスラム世界に伝わり、のちにアラビア数字(インド・アラビア数字)としてヨーロッパへ広がりました。

では、なぜ「0」の発見・発明はそこまで偉大なことだったのか?

○位取り記数法・・・0のおかげで、10や100などの大きな数を特別な記号を使わずに表せるようになりました。

○無限と代数の発展・・・0の発見により方程式やマイナスの概念(負数)の計算が可能になり、現代の数学や科学の基礎が築かれました。

さらにもう少し深堀してみたいと思います。

「何もない状態」を数として認め、計算できるようにしたゼロの発見は、人類の歴史における最大の偉業の一つと言われていわれていますが、ゼロの発見には大きく分けて2つの段階があります。

1.空白を示す「記号」としてのゼロ

○役割: 位(くらい)が空であることを示す記号。

○例: 「105」の十の位には何もないことを示すためのスペースや点。

○歴史: 紀元前のバビロニアやマヤ文明などでも、独自にこの形のゼロが使われていました。これらは「記号」であり、まだ計算できる「数字」ではありませんでした

2.計算ができる「数字」としてのゼロ

○役割: 「0を足す」「0をかける」といった、四則演算ができる独立した数字。

○歴史: 6〜7世紀のインドで確立されました。

○功績: 7世紀のインドの数学者ブラーマグプタが、「ある数に0を掛けると0になる」といったゼロの計算ルールを本にまとめました。パキスタンで発見された「バクシャーリー写本」には、3〜4世紀頃の最古のゼロの文字(黒点)が残されています。

ゼロがもたらした2つの革命

○どんなに大きな数も簡単に書けるようになった

・0から9までの「10個の数字」と「位取り(桁をずらす)」の仕組みだけで、無限に大きな数まで表現できるようになりました。

○複雑な計算や数学の発展を可能にした

・ゼロができたことで、のちに「マイナスの数(負の数)」という概念も生まれ、現代の科学技術やコンピューターの基礎となりました。

 

一、十、百、千、万のあとの億、兆、京、垓くらいは、御存知でしょうが、そのあとは、 / じょ)穣(じょう)溝(こう)澗(かん)、正(せい)、載(さい)、極(ごく)と続きます。さらに、恒河沙(ごうがしゃ)(恒河沙とは、ガンジス川の砂の数という意味)となります。さらに、阿僧祇(あそうぎ)那由他(なゆた)、不可思議(ふかしぎ)、無量大数(むりょうたいすう)となります。ちなみに「無量大数」は10の68乗ですが、「恒河沙」や「阿僧祇」や「那由他」や「不可思議」はインド発祥の仏教から考えられた数の概念だそうですが、やはりインドの方々が数学に強く、IT関連の仕事に就くエリートが多いのにも意味があるのでしょうか。

インドには、独特な計算方法もあります。日本の「かけ算九九」にあたるものも2桁とか3桁もあると聞いたことがあります。

日本にも、世界に誇る数学・算数・算術の技法があることを知っていますか?

それらについては、次号以降で詳しく述べます。

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世界の中で、日本人の英語力はどのくらい通用しているのか?

更新日:2026.5.27

江東区・北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です。 (Vol.26)

以前に、このブログでも紹介した「ジョン万次郎」(江東区北砂の地から日本で初めて英語教育をスタートさせた先生)が、いよいよ来年あたりNHKの朝ドラか何かで放映されるということを聞きました。私は、江東区から英語熱が増してくることを期待している一人です。

当塾(個別指導学院TOCO西大島校)でも、一般入試の受験対策や日頃の学校のテスト対策の他に、英検、TOEFL等の受験対策に重点化し、多くの合格者を輩出しています。ネイティブ講師やバイリンガル講師、元大学教授、元私立高校(進路担当)教職員のほか有名予備校講師、難関大学の現役大学生、英語と日本語の通訳などを積極的に採用してまいりました。

それはなぜか。特に英語に力を入れたい理由は、日本の英語教育に危機感を覚えているからでもあります。文科省の批判をするわけではありませんが、世界の中の日本の英語力を冷静に見つめ直した時にこのままの学習法でよいのだろうか、と問い直さざるを得ません。

AIに調べさせた具体的なデータをご紹介しましょう。

○世界全体の中で日本人の留学者率は、たった「1%未満」であり、世界的に見ても極めて低い。

○世界全体ではグローバル化に伴い留学者数が右肩上がりに急増しているのに対し、日本は「内向き志向」や経済的要因から、世界平均や他の主要国を大きく下回る水準にとどまっている。

世界英語能力…世界123カ国中 96(5段階中、最も低い「非常に低い能力」グルー

○国際留学試験:4つのスキル別スコア(元のデータ名:TOEFL iBTの国別平均データ)
海外の大学への留学時に使われる世界共通の英語テスト(120点満点)のデータ。

日本の平均点は73で、先進国(OECD加盟国)の中で最下位クラス

英語のスキル(技能) 世界平均と比較した日本のレベル 特徴
読む力(リーディング) 標準レベル 学校の受験勉強の成果が出ており、比較的得意。
聞く力(リスニング) やや苦手レベル 聞き取りはある程度できるが、速い会話には苦戦。
書く力(ライティング) 苦手レベル 正確な文章を自分で組み立てるのが遅い。
話す力(スピーキング) 世界最下位レベル 圧倒的に低い。アジア圏でも突出して最下位。

○日本の社会人が、実際のビジネス現場でどれくらい英語を話せるかを調べたデータ

世界で通用するレベル(自立して議論ができる):わずか 6% 7%

日本の英語の学習では、「学校で習う『読む・聞く』はある程度できているが、社会や世界で一番求められる『話す・書く』の発信力が圧倒的に足りていない」という現実を明確に示しているのです。

 

《以上のデータからみえてくる結論》

なるべく早い時期(小学校時代)から、バイリンガルやネイティブティーチャーの発する音に慣れ、自らも話せるようになる。もちろん、文型・文法や単語・イディオムも覚えていけるように学習習慣を身につけていくことも必要です。読む力・書く力も伸ばしていきたいですね。

当塾(個別指導学院TOCO西大島校)では、中学生になってからの英検や大人になってからの留学では遅い、との観点で考えています。

豊かな経験や高い指導技術に優れた講師陣を揃えられてきたので、そろそろ「小学生からの英語」にも重点を置いていこうと計画しています。

楽しく、わかりやすく、良い発音で耳慣れをし、まずは英検の5級・4級も取得してしまいましょう。お友達や親戚などとお誘いあわせで、「世界を見据えたTOCOの小学生英語」に遠慮なくお越しくださいませ。

お問い合わせは  03(5665)0752 へどうぞ(火曜~土曜の13:00~22:00まで)

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