学問に善悪はあるのかーー英知を磨いていくのは誰のため、何のためなのか
江東区北砂 個別指導学院TOCO西大島校 石戸です。
「ノーベル賞」は、毎年、物理学、化学、生理学・医学、文学、平和および経済学の「5分野+1分野」で人類に対して大きな貢献をした人物に贈られる賞ですね。(そろそろ「ノーベル賞受賞者」発表の季節が来ますね。)
ノーベル賞設立の遺言を残したアルフレッド・ベルンハルド・ノーベルは、スウェーデンの発明家・企業家であり、ダイナマイトをはじめとするさまざまな爆薬の開発・生産によって巨万の富を築きました。しかし、爆薬や兵器を元に富を築いたノーベルには一部から批判の声が上がっていました。ノーベルは、最期に賞設立に関する記述のある有名な遺言書を書くのです。
彼(ノーベル)についての評価は様々でしょうが、次のことだけは言えるのではないかと私は思っています。「学問(知識・情報)それ自体に優劣はなく、その英知をどのように使うかという“良心”によって、“善悪”が決まってくる。」「悪いことをするために学問を学ぶのではない。」「自分も幸福になり、世の中の人々をも幸福と平和のをもたらすために学問がある。」と
プルトニウムにしてもウランにしても水素にしてもトリチウムにしても、それ自体を研究していくのは、人間らしい営みです。ただし、その研究成果をどういったことに活用していくかを考えていくのもまた、人間としての営みです。ややもすると善にも悪にも通じていってしまうのが学問。そこで、人間は、他の動物には決して真似することのできない「道徳的な思考・判断・実践力」が問われてくるのです。
さて、私たちは(生徒たちは)、良い企業に勤めるために良い大学に入りたくて、良い大学に入るために良い高校に入るのでしょうか?そして良い中学校を選ぶのでしょうか?
いま、目の前で勉強をしている生徒たちに向かって、この期に及んで精神論を語るのか、と叱られてしまいそうですが、やはり「何のために」学ぶのか、との目的観があるのとないのでは、その人の意志も覚悟も違ってくるでしょうし、忍耐力や持続力にも影響を及ぼしてくるのではないかと考えます。
次回は、それを裏付ける書籍を紹介します。喜多川泰さんの『手紙屋―蛍雪編』がそれです。私自身が日頃考えていたことをよく整理して小説風に書いてくれているのでとても共感しました。『運転士』もたいへん興味深いものでしたが、この『手紙屋』は、受験生はもとより、中高の2年生1年生にこそ読んでもらいたい一書です。
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