『手紙屋――蛍雪編』より—―「勉強は道具の1つ」であり「忍耐力・自信・脳の活性化」のために
江東区北砂 個別指導学院TOCO 西大島校 石戸です(vol.48)
【1通目の手紙】
喜多川氏は、世の中には便利な道具があって、「ナイフ」も「コンピュータ」を例えに挙げながら「勉強は1つの道具に過ぎない」「変な使い方(人を傷つけたり、自分を不幸にしてしまったり)をするなら、しない方が良い」と述べています。
その便利さと危険性の両方を知った上で上手に使いこなすことを学ぶべきだ、と。
私自身が以前から述べている「学問自体には善悪はない。使う人によって決まる」との主張と同じです。勉強ができるようになって、できない人を見下すようになったり、挨拶もしないようになったり、手に入れた知識で満足し、他人を批判するように使ったり、人の気持がわからなくなってしまったり、コミュニケーションが取れなくなってしまったり、、、、自国の歴史を学んで他国の慣習や文化を否定するようになったり、、、、化学や機械に精通するあまり、多くの人に被害を与えるようなものをつくりだしてしまったり(私は、これをノーベルのダイナマイトを想起しました)、、、
「道具としての勉強を、何のために、何の目的のために使うのか」そこをしっかりと定め、正しく使いこなすことが大事だと、喜多川さん(手紙屋さん)は述べています。
【2通目の手紙】
作者は「勉強をすることで、『大学生活ができるようになる』『大学卒業でなければ就くことのできない職業に就くことができるかもしれない。将来の選択肢が広がる。』などと述べ、しかしながら、それらの中に1つの共通点を見出すことができると言います。それは、「忍耐力」であり、「自分に対する自信」であり、「記憶力、判断力、応用力などが鍛えられ、脳の活性化につながる」と説きます。
【3通目の手紙】
作者は「勉強は自分を鍛えるための道具」であることに気が付いた主人公の返事に対し、肯定し、「心の成長なくして、結果を手にすることはできない」と断言しています。
原始の時代から、それまでに誰かが経験したこと、発見したことを受け継ぎ、学び続けてきたことを振り返りつつ、ほかの動物にはできない英知の継承を「勉強」と呼ぶと述べています。この点も私の持論と非常に近いものがあります。
ただ単に知識を詰め込むのではなく、知識や情報をアウフヘーベン(止揚)していき、生きる上での知恵へと昇華していくことが最重要なことだと確信しています。
さて、この「手紙屋―蛍雪編」を単なる精神論だとか教育史観の書籍ではないのか、と片付けることはできません。中高生自身が読み込んでいけば、勉強していくことの本来の意味を自然と理解していくことができます。また大人にとっても十分ためになる書籍といえると考えています。 (4通目以降の手紙は次号・次々号で)
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